今年も明けた。
高齢化社会が進んだ我が家は、子ども4人で老人二人を支えてくれる。若者2人で老人4人を扶助する祖国の構成より恵まれた状況。老後をみてくれる宝だ☆
うち、3人が相次いで帰省。それならば、とサウナにも行かずに団欒する時間を空けた。
晩めしは要らない。友達と会ってくる。 朝4時に帰ってくる者がいる。
ほんの2〜3日過ごすと蜘蛛の子を散らすように居なくなった。
子供なんて・・・、アテになんねっす!
ただ、これだけは実行できた。個別面談。父と子、二人だけで話す。「困っていること、分からぬことはないか」「進路は決めたのか」「父を恥じてはならん」・・・。
昨年後半、柿葉か妹歯か、はてはシーザーか、ワケの分からぬ連中が世間を騒がせ始めた。鉄筋のマンション、ホテルの鉄骨をくすねた。国民の代表が詰問しても、まだ全容が分からない。国会中継では選良よりも不良の方がウワテにみえた。人命を糧(かて)に儲けを企んだ輩(やから)だ。
ケシカラン。こういう類(たぐい)の報道は、呆れて空しくなるので、つぶさに読んだり見たりはしない。
そうしたくない理由がもう一つある。この事件が報道され始めた頃、すでに近くのマンションに引っ越すことを決めていた。信頼して決めた。あとには引けない。年末に引っ越し敢行。 いまのところ快適である。
リュウさん通信も暫く正月休みを頂いた。
そう・・・、ユーモアがテーマだった。
そもそもユーモアの定義はナニか。
辞書には「思わず笑いを誘うような気の利いたおかしみ」とある。
辞書ではそれでいいが、どうもピンと来ない。
ほかには「ユーモアとは、駄洒落ではなく、ウイットとペーソスに富んだもの」。だいぶ近づいてきた。
いい答があった。
死の哲学で著名な、アルフォンス・デーケン上智大教授がおっしゃる。
「ユーモアの原点は周囲の人々のために温かい雰囲気をつくりたいと願う思いやりの心」。
「真のユーモアは、悩みや苦しみのさ中にみられることが多い」。
これだ・・・!
ユーモアの定義について大いに納得、満足!☆
リュウさん通信で標榜(ひょうぼう)する「ユーモア」は、これで行こう。

