「地理」と「歴史」

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お顔が真っ赤だ。その方は猛烈に怒(いか)っておられた。
自分は、その方のご自宅玄関に立ったまま。
あんなに怖かった時間は過去にない。
「帰れ!」とおっしゃる。
そう言っては、奥へ引っ込まれる。取り付く島もない。
初対面ではなく、数年来の顧客だ。気難しい方だと聞いてはいた。
自分への気難しさが初めてで、緊張この上ない。
何故お怒りなのか、その瞬間は分からなかった。
ここで言われたとおり帰ってしまったら一巻の終わり。

夫人が取り繕ってくださり、なんとか応接間へ通していただいた。
長く感じた時間待たされ、しぶしぶながらその方が入ってこられた。
「その方」を、ここでは仮に「金丸氏」としておこう。
ひとしきり怒りを話された。神妙に受け賜わる。
そのうちに「お前、焼酎飲むか?」と、おっしゃる。
畏る畏る頂戴した。旨かった・・・!☆
何故旨いのかと、縷々(るる)薀蓄(うんちく)。
焼酎をお湯で割る、それだけなら皆やる。燗(かん)をつけると、よくブレンドされ、まろやかさと旨みが増すと言う。
・・・息子さん自慢も始まる。飲むほどに酔うほどに意気投合し、帰りには当時の貴重品、輸入ウィスキーを一本、頂戴して辞した。
このことがあってから、金丸氏とは一層親しくさせていただいた。


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当社が受注し自分が担当。
お役所の、ある部署某課で定期刊行物を発行していた。
30年ほど前の、これは自分が駆け出し時代の古いお話。
今もその課があるかどうか知らない。

その課には正規職員のほか、同じ部屋に外郭団体的な別組織があり、発行業務はその団体に委託されていた。
外郭団体トップは金丸氏。そういう地図だった。
しかし自分の目には二つの組織に感じられず、皆さんが同じ立場に思えた。
原稿執筆や取材を正職員の方々もなさる。
一つの目的に力を合わせておられ、一体に思えた。
そう思えたのは、その部屋の「地理」や「歴史」に無頓着だったからだ。

外郭団体トップの金丸氏は、その課の課長から指揮命令を受ける。
氏にとっては息子か孫のような課長から、予算面や記事内容まで管理される。
それでも金丸氏は、完璧な定期発行に責任を持たされる。
ここだけのハナシ、その部屋の中では互いに発行主導権を争うような空気が淀んでいたようだ。

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原稿一本に2、3回の校正が入る。最終チェックは金丸氏。
あの日、金丸氏は取材出張で不在。
発行日に追われていた自分は職員にチェックを受け、印刷工程に回した。
このことが、ただでさえ不安定な立場の金丸氏をナイガシロにした

「誰が渕上印刷にとっての客なのか!」。

「オレが最後に目を通すと日頃から言ってあるじゃないか!」


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どなたがキーマンなのかの地理。
どういう経緯でその団体が組成されたかの歴史。
予算執行権は誰なのかの地理。
何故金丸氏が一方のトップなのかの歴史。
営業マンの基本、客先の「地理」と「歴史」を知るべし。

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言うは易し。
しかし、行うはなかなか険しい。



 
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