人前で話すことは、たいへん難しい。
自分も大の苦手だ。
少しでも話せるために結婚披露宴の司会役を買って出たりもした。
社内のオメデタ情報が入ると、「まだ決まってなかったら、僕に司会をやらせてくれない?」などと申し出たことが、たびたびある。
本番当日はテープレコーダーを持ち込んで録音した。当時の録音機は、でかくて重い。
お開きの後、帰って再生する。
「あ、ここはもっと間を置くべきだった」。
「ちょっと早口過ぎて聞き取りづらいな〜」。
「こういう表現にした方が良かったかな」などとチェックを入れた。
これはいい訓練になった。
新郎新婦、親族の方々や列席者に「押しかけ司会者」は随分とご迷惑を掛けた。
お蔭でだいぶ度胸も付き、勘どころが少〜し、分かるようになった。
社内の朝礼で「三分間スピーチ」をやっていた頃がある。
どんな人でも、公の場で話さなければならない場面や立場が来る。そうした場面で、たじろがずに話せるようになって欲しい。
そのためには朝礼の場で、たくさんの失敗をしておいて欲しい。
大勢の前で話せるには場数(ばかず)も必要だ。
一つのテーマを三分にまとめるのは、かなりきつい。
何分でもいいとなると、つい冗長になる。
言いたいことが多すぎる場合もある。それらを3項目くらいに絞り込むと、聞く側は頭に入り易い。
何を自分が話題にするか、から始まる。テーマ探しのアンテナが磨かれ、創造力や企画力が醸成される。
テーマが決まる。
それをどの言葉を用い、どう表現するか。話す順にも工夫がいる。言いたいことが聞き手に伝わる必要もある。伝えるには声も相手に届かなければコミュニケーションは成立しない。
説得力や、構成力が醸成される。
嫌がる者も居た。
自分が話す日には遅刻するか欠勤する、なども見受けられた。
その場合、朝の三分間スピーチは空欄になる。
その対策に、「スピーチ・カレンダー」までこしらえた。カレンダーに話す者の名を入れる。本人が不在の場合、次の日に2名が話す。
こうしないと、どんどん納期が遅れてしまう。
強引、かつ強制的この上ない。
暫くすると、効果が見えてきた。
例えば送別会席上、いきなり指名される「送る言葉」などの時間に、すらすらと立派に話す者が増えた。
「三分間スピーチが自分の番の日はとても嫌だった。嫌々ながらも続けてきたお蔭で、いまはほんとに良かったと思う」。
そういう声も聞くようになった。
聞く態度にも変化が出た。
話し上手は聞き上手。話す側を体験したために、話す者への思いやりが生まれた。
婚礼の席、アルコールも手伝い、乱れ放題どきになる友人代表スピーチも、自席に戻って耳を傾けるようになった。
話す内容は趣味のこと、昨日のできごと、論説、ふと思ったこと、などさまざまだ。
聞く側も話し手の意外な側面をみる。
「あの人は、あんなに素晴らしいことを考えていたのか」。
「日ごろは無口なこの人、話す内容は論理的でテーマも高尚、見直した」。
などなど、たくさんの新発見があった。
20年、30年前の披露宴は、宴たけなわともなると無礼講。
場内を走り回っている者も居る。椅子テーブル席なのに、床にクルマ座になった酒盛りが始まる。まさに「山賊の集まり」の様相を呈した。
新郎が社員で、招待客のうち20〜30人は社内の者という気安さもあったのだろう。
いま思うと赤面の至りだ。
10年前の駄文を流用する。
たびたび披露宴に出席させて頂いたことどもから綴った。
それに今回、手を加えた。
当時の披露宴はまだ、媒酌人全盛。
いわゆる「頼まれ仲人」だったが、社内から依頼があれば喜んでお受けしてきた。
意外とたいへんではある。
数ヵ月先の日程が決まる。結納当日と婚礼当日、この二回は夫婦二人ともが必ず揃い、かつ健康でなければならない。
カップルの発掘から引き合わせまでの「月下氷人」ともなれば、もっとご苦労なさるのだろう。
その1「主客転倒」
頼まれて仲人をお受けすることがある。
新郎新婦はともかく、媒酌人までが招待客を見おろす席に座るのは、ちょっと気がひける。
ご披露申しあげる新婦が、お客様に良く見えるための配慮と解し、よしとしよう。
どうにも気になるのは、席図表に「御媒酌人○○○様、御媒酌人令夫人○○○様」と表示してあることだ。
両家とともにお招きした側、仰々しく敬語を付けるのは如何なものか。
仲人が新郎の上司や目上の人だから敬称を付けた。
多分それが、この興りであろう。
新郎には上司でも、招かれたお客様にとっては、招いた側である。
ある会場では「その通りだ。尤もだ」とすんなり受け入れ、「媒酌人○○○、媒酌夫人○○○」と表示してあった。
別の会場では、くだんの理屈を頑として受け入れてはくれなかった。
何故かと理由を聞く。
何処の会場でも、みんながやっているから、だそうだ。
その2「花束贈呈」
披露宴の司会役を頼み込んでまでさせて貰った頃がある。
みんながやっていたから、両親への感謝を込めた「花束贈呈」もシナリオに入れた。
今日は泣く人が居たから成功だ。
次はもっと泣ける演出をするぞ!と悦に入っていた。
四人の子を授かったいま、そのことを反省し、恥じている。
「今日まで育てて頂き、有難うございました」と、親子水入らずの感動的なひと時は、挙式前日に済ませてある。
親と子にとって大切で、極めてプライベートなことを、酔っ払った他人の前で、ショーとして行うのは如何なものか。
その3「無礼千万」
乾杯も済み、友人代表スピーチの時刻には、アルコールが手伝って会場は千々に乱れる。
媒酌人挨拶、主賓祝辞では水を打った静けさだった。
酒はこうも人を変えるものなのか。
ほんの5分ほど、自席で静かに聞いてあげられないのは如何なものか。
みんなが騒いでいるからもあろうが、その友人代表は何日もかけてスピーチを準備し、せいいっぱい心を込めてお祝いを述べている。
その祝意は伝わらない。
花嫁花婿はもとより、そのご両親・ご親族は、どんなにかせつない気持ちで、この無礼な光景を眺めておられることだろう。
・・・ある披露宴でのできごと。
著名人が招かれていた。
肩書きが町会議員だったから地域では名士なのだろう。
これからテーブルスピーチが始まる、そのタイミングで仲人役の自分の席にその方が勧盃(けんぱい)に来られた。
「あ、これからスピーチが始まりますので、座って聞きましょう。
終わり次第、先輩の席に参りますから、ネ」
と、やさしく盃を辞退した。
その古老は
「え、そうや。田舎者でそういう礼儀は知らなかった。ご無礼しましたな〜」
と、不機嫌な口調で自席に戻られた。
しまった! ちょ〜っとやり過ぎた・・・★
スピーチが済むのを見計らい、すぐにその席まで行って献杯(けんぱい)申しあげた。
暫し一緒に酌み交わした。
そのことがあってから親しくなって、入院見舞いに伺ったり、ご自宅の豪邸に招かれたり・・・、その方とのお付き合いが数年続いた。

