ティッシュ・ペーパーが値上がりしている。
自宅でも食事の都度、使っていたが、最近「おしぼり」に替えた。
かけがえのない地球を守ろう。
地球は子孫からの預かりもの。
ティッシュ・ペーパー値上げは、ニュースでも取り上げられた。
我々一般の印刷用紙も価格が上がった。その報道が、されはしたが目立たない。
値上げは印刷各社の経営を圧迫し、苦慮・憂慮している。用紙代アップ分を顧客に転嫁しにくいからだ。ご理解頂く努力を根気よく続けていくしかない。
さて今日は、〔印刷つれづれ「新聞用紙の巻」〕。
新聞を複写機でコピーすると、反対面の記事がうっすらと写ってしまう。これを「裏写り」と言う。ここ数年の現象で新聞の用紙が薄くなったせいだ。薄さの限界だとのこと。
業界ではこれを「超軽量紙」、「超々軽量紙」という。
「裏写り」は複写したい面の裏に「無地で濃い色の紙」を当てると、かなり防げる。
紙を薄く作るのは、たいへんな技術だ。ティッシュ・ペーパーはその最たるもの。海外メーカーの追随を許していない。祖国の製紙メーカー技術陣の勝利だ。 新聞用紙の形態は下の写真のように、トイレット・ペーパーの親玉状。製紙マシンから巻かれた状態で、猛スピードで出てきて、フル・スピードで印刷される。
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| 印刷待機中の新聞用紙 | 印刷機に取り付けられた新聞用紙 |
何ゆえ、厄介な技術に挑戦して製紙メーカーは薄い紙づくりに挑戦したか。
背景には、さまざまな経営戦略や期待がある。国策もありそうだ。
一つは、海外メーカーによる国内進出の防衛。メーカーにとって重要な課題。
二つには、新聞配達時の負担軽減。
そして三つ目が、コスト・ダウン。
新聞用に限らず、印刷用各種洋紙原料は木材である。
木材ではあるが、ひところマスコミが「森林資源、地球環境を破壊している」と騒いだのは、少し大袈裟だった。
材木が丸ごと洋紙になるわけではない。主体は住宅材に使われ、残りの端材部分がチップとなり、パルプとなって洋紙になる。
製紙には大量の木材と水が必要。工場立地は「水の豊富な森の中」が理想だ。そうした環境は、カナダや北欧で恵まれる。
日本は洋紙も自給自足率が低い。原料の多くを輸入に頼り、洋紙のレシピは海を渡ってくる。不利な状況で外国勢を迎え撃つには軍事力ではなく、技術力が有効。
いまは改善されたが、ひと頃の輸入紙はひどかった。
「クレーム対応」が遅い。品質異常に、なかなか対応がない。スウェーデンからの技術陣を待つ、という時代もあった。
「平滑度」がない。透かしてみるとマダラ状態がよく分かった。「紙切れ」も起こす。フル・スピード輪転印刷中に紙が切れると、復旧に十数分かかる。一刻一秒を争う新聞発行が遅れる。
国産は切れにくい。新聞各紙が国内紙を優先する所以(ゆえん)だ。
新聞配達は早暁から、一人で概ね300部を持って回る。40、48と増ページが進み、重さが増した。その上、「主婦の友・・・☆ ちらし」も折り込まれる。
「超軽量紙」生産技術で新聞そのものを軽くし、配達員の負担を軽減した。
40万部の地元紙、南日本新聞社と渕上印刷ほかとの合弁で、日刊新聞印刷会社が運営されている。
株式会社南日本新聞オフセット輪転。
33年前の昭和48年設立。
設立15年後の昭和63年9月から日経新聞、日経流通、など日経三紙ほかの「現地印刷」を行っている。「分散印刷」ともいう。18年になる。
日経新聞の分散印刷は全国各地で行われ、ここでは熊本南部地域の一部と、宮崎・鹿児島の全域をフォローする。
紙面は大手町の日経本社からファクシミリで届く。事務用ファックスの親玉ではない。記事は勿論、フル・カラーのニュース写真も広告も鮮明データが受信できるスグレモノ。
購読者に早く、かつ全国均一のニュースをお届けできるのは、ファクシミリのおかげだ。
「アポイントメント」は面会や会合の約束。
略して「アポ」や「アポイント」。
「待つ」という時間は1分でも3分でも、待つ側には長〜く感じる。
約束の10分前、遅くとも5分前には到着しておくべきだ。
予約時刻に遅れそうな場合には、その旨、早めにお伝えする。
お詫びしつつ遅れをお伝えすると、
こちらも気持ちが騒がず、慌てない。
さる重鎮には、ときおり訪問し、教えを請うた。
「済みませ〜ん! 予約もせずに上がり込んでしまって・・・」
と、つい馴れ馴れしくなってしまっていた。
「いや、いや。どうぞ、どうぞ。アポをとってから来て貰うと、逆にこちらが困るんだ」
と、笑いながら迎えてくださる。
「どうして困るのですか」と聞く。
「予約されると、その時刻まで自分が拘束されてしまうからだ」
と、なぐさめてくださった。
いや、そんなことはない。
やはり、予め先方のご都合を頂いておくべきだ。
ときにはアポもなく、こちらがそろそろ出発という寸前に、
「あ、居た、居た。ちょうど良かった!」
と言いつつ、部屋に入って来る方もおられる。
「ちょうど良かった」のはそちらで、
こちらは「非常に迷惑」というケースもある。
ひと頃、年始回りで各地の顧客を訪問させて頂いた。
「本年もどうぞよろしく」、
「昨年はお世話になりました」。
これを申しあげるためだけの訪問なら、お忙しい先さまは迷惑だ。
お正月には、大半の顧客が4月から始まる新年度の予算組み作業が佳境だ。
新しい年度の景気をどう見られたか。
予算化に重要な為替は、どう設定なさったか。
1円の上下は数億の為替差損・差益が発生する。
対ドルで、120円から90円と、為替が乱高下した時代、「社内レート、ドル103円」などと為替を設定され経営の舵取りをなさる。
(この文章の当時は、円が90円になったりした時代でした。)
設備投資のご計画は当方との取引に影響する。
新春の第一声で、トップはナニを言われたか、などについて、
差し支えない範囲で教えてくださる。
年始挨拶は、これらをお聞きするいい機会だ。
タイトルが「大誘拐」、「大脱走」と、「大」のつく映画がいくつもあった。
リュウさん通信、今日は
「大失態」
。
アポで大きな失態をした。
思い出すたびに後悔が募り、ここにはとても書けない。
失敗は重要顧客でのこと。
失敗というよりも、無礼千万。
お会い頂ける方は超大物。
その方には鹿児島で食事やゴルフもご一緒させて頂き、初対面ではない。
数回、ご本社を訪問させて頂いている。
その方が応接室へ来られるまで、
副社長さん、あるいは役員の方が雑談で我々をつないでくださる。
ご本人が部屋に現れると、
さっと役員の方々は起立され、面談が終わるまでごく当然のように直立不動。
こちらは座ったまま。
気の毒でもあり、緊張この上ない。
企業業績も好調、立ち居振る舞いも立派。
マナーや礼に厳しく、極めて温情豊かな方だった。
役員の方々はその方に、本心から敬意を表されておられるのだ。
・・・会って頂けなかった。
こちらが7〜8分も遅刻をしたからだ。
遠い鹿児島から来た。
多少遅れても、という甘えがこちらにあった。
しかも、遅れる連絡を差し上げていない。
携帯電話がなかった時代とはいえ、公衆電話はふんだんにあった。
ホームに降りて電話をする、
その時間分少しでも早く到着する方を選んでしまった。
「お越しになられなかったので、次の予定先に出かけてしまった」
とのことだった。
翌日、巡回途中で電話を差し上げ、
「もう一度お時間を」
と懇願した。
「そこまでされなくていいですよ。
既に昨日お越し頂いたのだから」
と、お優しい。
その後も親しくお相手頂けたのは救いだったが、
お会いするたびに思い出し赤面。
あの日その方は、重要かつ基本的なマナーを我々に教え、諭してくださった。



