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| 高見橋から見た風景。 奥の観覧車は鹿児島中央駅ビル |
人口60万、県都鹿児島市の中央を甲突川(こうつきがわ)が流れる。
九州新幹線「つばめ」が発着する鹿児島中央駅。駅の近くには「高見橋」。
甲突川の岸には桜が密生し、朝も散歩やジョギングの市民で賑わう。
橋周辺一帯は薩摩の先賢、西郷、大久保、大山を輩出した旧加治屋村。苔むした巨木が今も逞しく息づいている。
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| 西郷隆盛誕生地 | 大久保利通誕生地 |
高見橋の欄干に施された彫刻がオブジェなどではなく、分かり易くて好きだ。
上流側欄干で10数人の子ども達がはしゃいでいる。それを見守るように下流側で母親がそっとたたずむ。
修行中で無名の若い彫刻家達の競作だという。公共の場に作品発表の機会を与えたのは励みにもなって、いい。
「維新の偉業を果たした薩摩の英傑、彼らは優秀で立派だった。その彼らを立派に育てたのは彼らの母親である」
そういうコンセプトでこの彫刻群は制作されたそうだ。
余り、おおやけの場に出たがらない薩摩の母親を登場させたのも、いい。
男と女のア・ラ・カルト、今日もリュウさんは男女について触れる。
男がこの世で真っ先に出会う女性は、母親。感化を受けるのも母親だ。
彼ら維新の武将が、戦場で一人になれたとき、「お父さ〜ん!」、あるいは「天皇陛下万歳!」と言っただろうか。
おそらく、「お母さ〜ん!」と言ったに違いない。
近代日本資本主義の父、澁澤栄一の出身地は埼玉県深谷市。
鹿児島の上場企業、サンケイ化学の工場もある。上野駅からJRで一時間。
その街に本拠地を置く印刷会社の後継者を3年間、研修で当社がお預かりした。
素直で真面目な青年だった。成果を少しでも持ち帰ってくれたなら嬉しい限りだ。
さすがに後継者、研修成果だけでなく、社内でお嫁さんを見初めて深谷に帰った。
「人生の友人」、「家業のおかみさん役」、「生涯の伴侶」になる人として申し分のない鹿児島の女性を選んでいる。
新婦側で祝辞をとのこともあり、お二人の披露宴に招かれ深谷市に行った。
地元の市長、会議所会頭ほか社員の方々全員、計400人規模の披露宴だった。
披露宴の祝辞というものは、実に難しい。
「深谷の皆さまに、お願いがございます。このお願いをしたいばかりに薩摩から参りました。どうかお二人を、特に本日の新婦を、温かく迎え入れてくださいますよう、よろしくお願いいたします」。
40年前に鹿児島に来た自分にも経験がある。知り合いがいなかった。
新婦は、未知で気風も異なるこの地で、まだ新郎一人しか知らない。
「せっかくですから新婦が生まれ育った鹿児島のご紹介をさせていただきます。
ご承知のとおり明治維新は、西郷、大久保、大山ほか、薩摩の若者たちが、その原動力となったのでございます」。
ここで会場は、しらける。
「ちぇっ! 案の定、薩摩のお国自慢が始まったぞ・・・」。
「彼らはもちろん、有能で立派でした。しかし、その彼らを立派に育てた、彼らの母親が立派で、偉かったのであります。
即ち、薩摩の女性はことごとく優秀で立派なのだ、ということを、本日は特に申しあげたいのでございます!」。
ここで会場から笑いや拍手を頂き、珍しく受けた。高見橋のお蔭だ。
いまでも世間では、そうだと信じている方がおられる。
曰く、鹿児島では「女性が先に風呂には入らないそうだ」。また曰く、「旦那が『午前さま』であっても、寝ないで待っていてくれる」。
もし、そうであるならば・・・、思慮深くて聡明な奥方の手のひらで、男どもが操られているだけなのかもしれない。
上から見た高見橋。写真右側が下流。
カテゴリー「男と女のア・ラ・カルト」は、男女のことがテーマ。
しかし、リュウさんに恋や愛は似合わない。
「おんな心」となると、さっぱり分からない。
この分野、全くもって不得手だ。
それでも男女について書く。
世の中、女と男・・・、なんとかなりそうだ。
例えば、結婚も男女がテーマだ。
当社初の提供サイト「マリーズ・ネット」は、「お悔やみネット」から先に発信されていたかもしれない。
ご不幸情報をネットで発信。
いわば新聞のご不幸広告サイト版だった。この情報は、地域社会に必要かつ求められているものではある。
しかし、当社が世に問う初めてのサイト、お悔やみ情報から入ることに抵抗があり、この案は二次か三次サイトで活用することとして、平成13年4月2日「マリーズ・ネット」はデビューした。
結婚式場や披露宴会場を選ぶカップルは、いきなり式場回りをしない。
人知れず、特に会場側に知られずに各種ブライダル情報を得たい心理がある。
いくつかに絞り込んでから候補会場に行き、費用比較や雰囲気、企画内容を確かめるようだ。「マリーズ・ネット」はこっそりと、そのお手伝いをする。
「敷かれてる 女房の尻の 温かさ」(サラリーマン川柳)
五月の連休、披露宴にお招きを頂き、和気あいあいとした、いい雰囲気の時を過ごした。初々しいカップルは微笑ましく、気持ちがいいものだ。 光栄かつ僭越ながら、祝辞を仰せつかった。
「『笑顔』をテーマとしたご家庭づくりをお願いします。口で言うほど簡単ではありません。『健康』、『家計』、『感謝』の、三つのKがキーワードになります
まず、『健康』であり続けることです。
健康管理、食生活を損ない、入退院を繰り返す日々から笑顔は生まれません。
家庭の経済、『家計』が健全でなければ、しかめっ面になります。
収入より支出を増やさないライフ・プランが肝要です。
そして、互いが『感謝』し尊敬し合う中から、笑顔が生まれます」。
日曜画家の世界的な集まり、「チャーチル会」の提唱者、第二次大戦を終結に導いたイギリスの宰相、ウィンストン・チャーチルの逸話を、はなむけにさせて頂く。
「ご夫妻が結婚50年の金婚式を迎えられ、チャーチルさんは次のようにお礼の挨拶をなさったそうです。
『子や孫にも囲まれて、多くの皆さんに祝って頂き、こんなに嬉しいことはありません。各国の友人から祝電やプレゼントも頂戴しました。この上ない喜びであります。
しかし、今日の私にとって、もっと嬉しいことは、長年、苦労を供にしてきたワイフが、ニコニコして私の隣に居てくれることであります』」。
このエピソードが気に入り、披露宴でよく引用させて頂いている。
『結婚生活』と言うもの、はたまた『人生そのもの』が凝縮されている。
氏夫妻は二つの大戦をくぐり抜けられた筈だ。
宰相ならずとも、25年、50年の時を刻めば、誰しもさまざまな風雪や波風の年輪がある。50年も寄り添えば、どちらかが欠けてしまうかもしれない。欠けないまでも車椅子か、病院で療養中かもしれない。
先日、4人のチビを集め、「40年を驚く会」を催した。
よく続いたものだと考えれば、まさに「驚き」だ。
カウントを一年間違え、39年が正しかった。
ま、ここまで来れば、一年や二年は誤差の範囲だ。
その席に、孫は一人も居なかった・・・。
『子や孫に囲まれ』とは、子を授かったばかりでなく、お孫さんまで居られたということだ。孫が居る、だなんて・・・! 羨ましい限りだ☆
夫人が『笑顔で横に居る』ということは、お二人揃ってご健康だったということだ。 昨日までは一人でカンパイ!☆ 今日からは二人でかんぱい!!☆ 来年からは三人で乾杯!!!☆
挨拶に夫人を引き合いに出されるのは、感謝と尊敬をし合って、ここまで来られたからだ。
この日の新郎新婦も「マリーズ・ネット」で、この会場を選ばれたのだろうか。
ともあれ、お二人も、25年先の銀婚式、そして金婚式、80年先に・・・、大勢のお孫さんに囲まれ、笑顔に溢れた家庭であって欲しい。




