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訪問団のぞろぞろ歩きに飽き、勝手に行動。 |
自転車を貸したヘンな男が、なかなか帰って来ない。宿舎に戻ると、ひと騒動あったようだ。
写真の自転車籠に見えるミカンを差し上げ、彼女に機嫌を直して頂いた。

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「居住者ではなく、通過者だからウレシがっておれる。 ![]() 「帰りに寄った香港が毒々しく感じた。両極端の世界を短期間で目の前に並べられ、人間の幸福は物質の多寡だけではないと思った」。 |
香港のガイドが言う。「ほら、あのビルの蔭に居る、あのオバちゃんはスリです」。
昨日まで観た、のどかな田園とは正反対だ。土地の狭い香港島。高層ビルやアパートが林立。な、なんと!坪単価が7千万円だという。
横に広げず、上に伸ばすしかない。
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「初めての山々を自分は驚きの目でみる。 |
天安門事件で、民主化の遅れに各国から非難を受けていた。
当時の中国指導者曰く、「人民こそ主人公」。その言やよし。
25年前の中国は、みんなが同じように貧しかった。そのためか、人民には等しく不平不満はなかっただろう。
25年経って北京、上海を見た。オリンピックや万博を控え、中国経済は過熱しているが、地域や個人の経済格差が極めて激しいようだ。
年収3,500円の家族が居る反面、5億円のマンションに住む人も居る。3,500円は日給ではなく、年間の収入だ。これで共産主義国だと言えるのだろうか。
中国はこれからも、何処へ行こうとしているのだろうか。
| 《講評》 稚拙な文章ですが、たどたどしい中にも懸命さが感じられます。 「桂林(中国)の人々は、あの山々、共産主義という山しか知らないし、知らされていない」、こう言いたかったのですか。そして、あなたが見せてあげたいものは自由主義という山々なのでしょうね。 審査対象からも外れましたが、落ち込まずに努力を続けてください。あなたが、もっと読書量を増やせば、文章力もアップします。 |
鹿児島からも上海定期便が開設され、三年前に北京・上海に初めて行った。
「自分も生活が苦しいのに、敵国日本の子女をかくまい、育ててくれた」。
このことだけで中国国民のイメージが自分にとっては、すこぶるいい。
「そのこと」、「そのもの」の持つ情報の量によって、人の受け止め方は違うものだ。
子どもや家族を大事にする。遠い昔から、そういう国民性を中国人は持っていると、今も思い込んでいる。

その中国に25年前(昭和57年)にも行ったことがある。
大陸の南、桂林や広州だった。
この写真の子どもたちが当時5歳だとすると、いま30歳だ。
帰国から数年後、20年ほど前にエッセーを書かせて頂いた。
南日本新聞夕刊企画、「思うこと」欄。執筆者一人が10本を書く。その中の、題して「山々の形」。駄文であっても自分には好きな短文。
久々の「リュウさん通信」、書くにこと欠いて今日はそれを引用する。
その頃も今も、稚拙な文章力、感覚の幼稚さは変わらない
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「ほんの入り口だけだったが、中国に行ってきたのは七年前。 生まれはミッドウエー海戦の年。大陸の従軍や引き揚げという経験は勿論ない。従って中国に『郷愁』があるはずもなく、旅の予備知識にと日中合作映画『未完の対局』を観た程度で発った」。 「中国はすばらしかった。 『二度と行きたくない。設備が悪く食事がまずい』と言う人もいる。 空腹は最大の調味料。生温かい麦酒(ぴ〜ちゅう)もないよりまし。 餓死しなければいい。こう思い込ませるほど、桂林にほれた」。 ![]() ![]() あれもやはり『山』と呼ぶのだろうか。 ニョキッと突っ立っているだけでなく、幾重にも重なる。何ともすばらしい山水画の世界」。 再見(つぁいちぇん)。 ![]() |





