世の中、個人情報保護が、かまびすしい。
あまりの過剰反応に、皮肉の一つも言いたくなる。
サウナでコーヒーを飲んだ。代金精算のために、聞かれる。
ロッカーは何番でしょうか? 「教えない。個人情報だから」。
スナック・バーで、飲み物の種類を聞かれた。
「言えない。ナニを飲むか、それは僕の個人情報だ」。
・・・サウナやスナックに非はない。
ま、しかし、保護すべき個人情報は守られなければならない。
ところで、これほど個人情報保護が叫ばれる前に、ひとしきり知的所有権保護が喧伝された。
我が社も、その侵害に遭遇したことがある。30年以上前の話だ。
当社が納入していた印刷物を同業他社が複製し、若干の修正を加えて別の客先に納めていた、というものである。
2〜3年、複製され続けていたことに気付かなかった。
ほんの少し、著作権法をかじっていた自分は、いきり立った。
時には平気で婦人雑誌を切り抜いて、ファッション・モデルをそのまま「服飾ちらし」に転用してしまう印刷業者が国内には実際に居た。
出版者から訴えられ、何千万円も支払わされた事例もあった。
中小印刷会社なら、潰れてしまう。
違法な複製行為を止めさせよう。
まずは話し合いのために、その業者トップにお会いした。
「文章部分は自分が作った。写真も我が社のカメラマンが撮影した。版権は発注者にある。お宅とお宅の客先は、それを無断で使っている。無断流用を言い換えれば、手塩にかけて育てた子を誘拐されたようなもの。即刻止めて欲しい」。
確かに文案は自分で考えた。正月休みを使ってまで、ない頭をひねって作った。
客先に提案したら、ことのほか喜ばれ採用して頂けた。
悔しくもあった。
苦労して作ったものを、苦労しない者が無断借用して利益を得る。
このことが知的所有権を保護するゆえんだ。
ところが意外にも、そのトップはこうおっしゃる。
「自分は大学を出てないから、六法全書は分からない」。「分からなくていいです。世の中の決め事を文章にしたものが法律でしょ?」。
のらり、くらり。その日は相手に逃げられた。半月経っても反応がない。
相前後して発注者にも通報していた。訴訟を控え、版権(出版権)者の同意が要る。
「お宅から受注している、この印刷物が他社に複製されている。場合によっては訴訟に持ち込むかもしれない。ついてはこの文書にサインを頂きたい」。
文書は「当方に版権があり、渕上印刷に版の所有権がある。今後も複製を続けるなら、司直の手に委ねますぞよ」。そういう内容だった。
その時、客先の担当者に言われた。半分からかわれたのだろう。
「複製したものの方が、渕上さんが納めてくれたのよりもキレイだネ」。
違法複製した業者に内容証明郵便を送った。
「著作権侵害行為を続けるならば、訴訟も辞さない」などの文言を添えた。
経過は逐一、上司に報告していた。疑心暗鬼で成り行きを見守っていた。
我が社のトップは訴訟沙汰までは同意していなかったようだ。
業界団体の長として、同業者同士で事を荒立てたくない、そういう気持ちもあっただろう。
相手が白旗を挙げないことに業を煮やし、当社のトップは「これくらいで撤退しろ。これで負けたら、お前は業界に居られなくなるぞ!」とまで言われた。
「このまま、ほっておけない問題です!」。
若造とトップは、やりあった。
その翌日、別ルートで相手側から詫びが入ったことを知らされる。
やった〜!☆
和解金を支払い、複製した原版を渕上印刷に引き渡すという。
このことがあって、暫くが経った。
渕上印刷野球部のグローブが、全て新調されていた。
・・・個人情報保護や知的所有権のことでは、まだのどかな時代でもあった。
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| 市営鴨池グラウンドにて (昭50年頃。現鴨池ドーム。背を向ける側、渕上印刷チーム)。 | 印刷団地グラウンド。現在の浜島印刷さん駐車場付近。 (昭50年頃か。当時の印刷団地ではコート4面が充分とれた)。 | |||
| ※写真と記事は関係ありません。 | ||||
カテゴリー「振り向けば、六十路(むそじ)」は、過去のできごとを集めて綴る。
語呂がいいので「振り向けば初老(しょろう)」にしたかったが、初老は四十路(よそじ)。さばを読むワケにはいかず六十路とする。 これでもさばを読んだ 。
六十路は60歳のこと。正確には 「六十路半ば」が正しい。
結婚十周年記念事業
鹿児島県立鴨池野球場に、日本シリーズ優勝の興奮も覚めやらない千葉ロッテが春季キャンプで来鹿した。
キャンプ地鹿児島到着は凱旋パレード(写真、下)。
昨シーズンの早い時期に、ロッテ優勝を予言された方がおられた。
にわかには信じられなかったが、的中。
予言者ご本人も驚き、喜んでおられることだろう。
地元民としても嬉しいことだ
。
プロ野球に詳しくないが、この球場とロッテには思い出がある。
監督は国鉄スワロ−ズの名ピッチャーでならした金田正一の時代。
ファンサービスの一環に鹿児島を訪れた観光客に監督とのスリーショットをしてくれる。・・・
所帯を持って十年。ナニかいい十周年記念企画がないかと頭をひねっていた。
家族で外食するのも平凡だ。
新婚客に扮し、
金田監督とスリーショットはどうだ!☆
しかし独りでは成立しない。恐る恐る堅物の家内に打ち明けた。
大反対かと思いきや、な、なんと
「うん、やろう、やろう!☆」
ウキウキしながら準備にかかる。
タクシーで乗りつけ、運転手がロッテ広報に依頼すればスムーズだと聞いた。
知り合いの運転手さんに理解と協力を求め、友情出演所望。
新妻らしい扮装に家内は化けた 。 ※※金田監督と新婚時代写真
グラウンドのベンチ前に背の高い金田監督が近づいてきた。
暇そうな報道陣も居て、からかい半分に質問する。
「昨日はどちらにお泊りでしたか?」。
周囲に圧倒されつつ、めげずに
「はい、宮崎です」
。
おりしも9歳の娘、7つの息子は登校中だった。



