2009年03月13日
アカデミー賞のダブル受賞に日本は沸いている。
アニメ「つみきのいえ」。鹿児島市の「ひまわり幼稚園」では、加藤監督が卒園後に送られた賀状を展示、卒園者の快挙を讃える。
「おくりびと」は、ロケ建物を住民が一大清掃され、見学者受入れ準備が万端だ。
受賞作品の監督や出演者に、これからオファーが急増するそうだ。
我が身内にも、俳優がいた!
嬉しいような、こそばゆいような・・・

孔貴(こうき)くん、1歳。子役である。
末は「主演男優賞」か、「オスカー像」。

3年前、妻の祖母の50回忌法要が鹿児島市内で営まれた。
13回忌は、よく聞く。なんとか33回忌までは行われる。
50回忌法要開催はなかなかで、有難いことだ。
アカデミー賞贈呈式が映画の祭典なら、50回忌は親族の祭典だ。
法要後の食事会はコダック・シアターではなく、鹿児島サンロイヤルホテル。
孔貴くんと、その席で対面した。
淵上正畩(しょうげさ)・イト夫妻は、90年前の大正9年、鹿児島県の串木野から子供たちを荷車に乗せ、勇躍、鹿児島市中町へ越した。
そこで蓑田兄弟商会を興し、渕上紙商店となり、(株)渕紙に至った。
イトさんの50回忌。
その日集まった淵上家ゆかりの老若男女、45名。
配られた家系図風の名簿に164名が載り、142名が存命だ。
淵上一族100年に及ぶ歴史をみる思いだ。
正畩夫妻に子が10名。
孫が22名、ひ孫がちょうど50名、ひ孫の子が26名で計108名。
164名と108名の差、56名は婚姻による嫁か婿の数だ。
自分は婿の数に入る。
ルーツは全員、鹿児島。今の住居地はさまざまで、都内・千葉や横浜、はたまた大分。
立場も職業もさまざまな中、際立つのがスター孔貴くん。
さすがに可愛い!


民放テレビ「西遊記」に、出演したばかりだそうだ。
号泣する赤ん坊役。子役というより、ベビー役か。
スタジオ写真をご両親から頂いたが、ここへの無断掲載は控える。
あれから3年。いま孔貴くんは4歳。
淵上一族、これからの歴史100年を作ってくれる一人だろう。
不肖リュウさん、子を4人授かった。孫は居ない。
孫は居ないから、ひ孫も居ない・・・

願い出て孔貴くんを抱かせて貰った。
1歳と60代。
60年後の孔貴くんに、幸多かれと祈る。

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2009年03月06日
| 交互に女、男、女、男と、四人の子を授かった。 このタカラモノ、嫁に行ったのが居るかと思うと幼稚園に行ってるのもいる。 子の挙式に親は、何がなんでも出席する。 それなのに、親の式には四人のうち、一人としてカオを出しゃしない。 子供というものは誠に勝手なものだ。 コイツラのお蔭でフルムーン旅行など、まだ当分できない。 実現するころには若夫婦の方がさっさと旅に出るだろう。 押し付けられたじぃちゃん・ばぁちゃんは、孫のお守りをさせられる。 日本の少子化。子供の数は昭和五年に平均で四.五人だった。 今は一.七人。二.一人以下だと人口が減ってゆく。 神戸大学の試算では、このまま推移すると一億二千万人が百五十年後は五百万人になるという。 百八十万人の鹿児島県は七万五千人になる比率だ。 日本は滅亡してしまう。 昨年暮れ、山口県の藤村さんに双子が生まれ、十七人という日本一の子宝になられたそうだ。 祖国の将来を考えるとき、藤村さんご夫妻にこそ国民栄誉賞をお贈りしたい。 女史パウロ会刊「父さんの宝物」は岩手県、山浦玄嗣医師の著。 なだいなだが次のような巻頭言を寄せておられる。 「『ぼく働く人』あるいは『ぼく稼ぐ人』になってしまった父親の、現代になんと多いことだろう。教育のすべてを、母親と学校まかせにしてしまうなんて、父親の義務の放棄だ」。 著者山浦先生はまえがきで、「父親はみずから父親になるのではなく、子供によってむりやりに父親にならされるのである。父親は子供の偉大な師であるが、子供も実は父親の生みの親である」といっておられる。 ご本人は八人のお子さまをお持ちだ。 子育てに奮闘される痛快な物語が展開する。 宝物はご夫妻共有のはずなのに、書名を「父さんの」とされたのは何故だろう。 この父さんには、もう一人、大事な宝物がおられるからだろう。 (南日本新聞夕刊、平成2年1月31日) |

南日本新聞夕刊休止を惜しみ、執筆分をリバイバル掲載。
この「父さんの宝もの」も、夕刊「思うこと」に書かせて頂いたもの。
言語明瞭意味不明瞭な作品群の中には、気に入っていたものもある。
「山々の形」も好きで、おととし6月頃、リュウさん通信に「人民こそ主人公」で再デビューさせた。
≪関連する記事≫
■みてきた中国:「人民こそ主人公」2の1
■みてきた中国:「人民こそ主人公」2の2
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