同郷の集い

ミャンマーにも鹿児島県人会が発足したと報じられた。
海外の県人会では31番目となるそうだ。
既に、北イタリア鹿児島県人会、マドリッドさつま会もあるという。
国内とは違い、心細い異国の地。
心を許し、何でも語り合えるのは同郷の方々であろう。

初めての洋行は40年前の32歳だった。
単身、アンカレッジ経由でロスアンゼルスへ。
南加鹿児島県人会が創立75年を期して記念誌を作られる。
日本語での印刷が当時のロスアンゼルスでは難しく、渕上印刷に声がかかった。
その打合せだった。
出迎えてくださる方々は、日本語が混ざる英語であろう。
心細さ一杯でロスアンゼルス空港に到着。
「いけんごゎしたか、飛行機は揺れもしたか?」。
はるばる太平洋を越えた地で、鹿児島弁を聴くとは思いもしなかった。
お国言葉を聴いたことで、心地よく安堵したのを覚えている。
南加県人会には、そのまた支部ともいえる出身町村ごとの集いもある。
記念誌には、伊作同郷人会、米国龍門会等々の代表も寄稿しておられる。

北海道の「どさんこ会」は、よく耳にする。
薩摩の悪口を言い合って盛り上がるよ、と長州出身の方に笑いながら教えて頂いた。
鹿児島にも多くの県外同郷の集りがあることだろう。
自分は、新潟の生まれ。
かつて越後ご出身の方々と新潟県人会を開いていた。
会の名称も「かごしま新潟県人会」では平凡過ぎて面白くない。
越山会鹿児島支部にした。
郷土ばなしに花が咲き、それなりに楽しく華やいだ。
しかし参集は7、8名がやっとだった。

最近、「また集ろうよ」という声が高まった。
そう言われても、年老いた自分が幹事役を受けざるを得ない顔ぶれ。
幹事役というものには、気遣いや体力を伴う。
ま、しかし、7、8人、多くても10名内外であろう。
その規模なら自分でも請け負えそうだ。
老骨に鞭打ち、ひと肌脱いだ。
そうこうして、この夏、新潟ゆかりの方々の集まりが再開できた。

こうした集りで重要なことは金銭管理だ。
年会費方式で開催費を賄う場合、出欠によって不公平となる。
固定費ではなく、変動費にしておくことだ。
席上、次のようなルールを提案、各位に了承を得た。
「入会金や年会費は永遠にゼロとし、開催ごとに収支を完結させる」。
配慮したこともある。
幹事役が急遽不参加では、当日が混乱する。
幹事役が高齢者なら起り得る。
それでも難なく運営できるよう、世話人を二人にした。
満足していることがある。
「朱鷺の会」と銘打った会の名称。
日本を象徴する朱鷺は国鳥と思われているが、日本の鳥は「キジ」。
新潟の県の鳥が朱鷺。
とても、いい名だと、自画自賛。

初対面の方々もご参加。
緊張をほぐすために一計を案じた。
講師二人を立て、乾杯の前に「基調講演」を催す。
講師は最近、新潟で開催の同窓会に行ってきたばかり。
郷里訪問の報告を兼ね、前座が2分。
本命講師が3分で、計5分。
あとの会話を弾ませるのに、いい呼び水になったようだ。

何にも増して嬉しかったのは、18名もの方々に喜んで頂けたことだ。

配布の栞

匠たちが行く 箱根の寄木細工

♪ 箱根の山は天下の嶮(けん) 函谷関(かんこくかん)も ものならず・・・、
この歌は語呂もよく、歌詞が勇壮。
箱根とは縁もゆかりもない新潟で、自分は育てられた。
それなのに、何故かこの曲を中学時代に口ずさんでいた。
その頃は、何年か後に富士と箱根の間に家が移るとは思いもしなかった。
のちに新潟から越した今の実家が富士の山麓、御殿場市駒門。
玄関東から裏箱根の別荘地やホテル、ゴルフ場が望める。
そこを越えると芦ノ湖や関所跡、温泉群がある箱根だ。

自分は薩摩焼をはじめとする美術工藝の世界に、極めて疎い。
これらは生活用具がブラッシュアップされ、美術品の域に昇華された。
その蔭には、職人や匠たちの研鑽や技が存在する。
人間を少し長くやっていると、こうしたものにも関心が出てくるようだ。
その一つが「寄木細工」。

日本唯一の産地が箱根だそうだ。
箱根山系は樹種の豊富さで国内有数の地域だという。
山が険しいから棲息するのか、その木々を素材に寄木職人が調度品を創る。
箱根の寄木細工は、いま国の伝統工芸品。
樹種の異なる木々を寄せ合わせて、モザイクや市松模様を表現する寄木。
樹木が持っている自然の色を引出し、作品に見事に生かしている。
例えば茶色は「くるみ」や「さくら」、白は「もちのき」、「みずき」。
黄色は「はぜのき」などで、黒が「くり神代」、褐色は「けやき神代」だそうだ。
顔料などの色材は使わず、樹木そのものが持つ色を生かすのがいい。
色だけでなく、木が持つ木目や木肌も生かされる。
作品材料に、ねじれやそりの強い木々は使わない。
伸縮の原因となる水気を除くため、原木は数年間もの自然乾燥を行うようだ。
ここまでして伸縮度合いが異なる木々を用いて、寸部違わぬ精巧な作品を創りだす。
完成までは、気の遠くなるような作業であろう。

箱根駅伝、折返し点は箱根の芦ノ湖。
芦ノ湖周辺に寄木細工工房や売店を見受ける。
芦ノ湖から下って平坦になる麓に、足柄下郡箱根町湯本。
その箱根町湯本に、「本間木工所」がある。
貴重な寄木細工を収集した美術館を運営。
体験コーナーも人気があるようだ。
寄木細工技術者の後継を育ててもいる。
本間木工所はネットで観ることもできるが、直接観てみたくなり、脚を延ばした。
東京から新幹線「こだま」で小田原駅下車。
駅で箱根登山鉄道に乗り換え、3つ目の入生田(いりうだ)駅下車。
消費税5%時代は大人片道220円。
駅から歩いて8分、本間木工所に着く。
品川から正味、なんと40分ほど。
これまでの72年間に、都合3回ほど訪ねた。

現代表は二代目の会長、本間 昇氏。
朴訥かつ純朴さを漂わせるお人柄。
伝統工藝士で、日本の匠にも選ばれた方で、83歳とは思えないお元気さ。
寄木細工は平安時代初期の「箱根細工」に源があるとの文献をみた。
源流の箱根細工が寄木細工に進化を遂げて今に至っているようだ。
入り鉄砲に出おんな。
鉄砲の江戸持込みと人質の大名妻女が江戸を出るのを幕府は取り締まった。
箱根の関はその重要な関門。
参勤交代のお殿様ご一行は箱根に宿をとった。
調度品を大名たちが発注し、寄木細工の発展を支えたと伝わる。
こうした日本の技術は末長く伝えられて欲しい。
本間木工所にはお弟子さんが数人。
本間博丈氏45歳も、社長として工房に居られる。
技術が伝承される体勢も、しっかり出来ているようだ。

箱根の寄木細工

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